【イベントダイジェスト】『日本に地の利があるWeb3で好機を掴む』Web3 Future 2023 パネル⑥ - 大企業が考えるWeb3のポテンシャルと取り組む意識

株式会社Ginco

【イベントダイジェスト】『日本に地の利があるWeb3で好機を掴む』Web3 Future 2023 パネル⑥ - 大企業が考えるWeb3のポテンシャルと取り組む意識

はじめに

「Web3」という言葉が持つ「自律分散」というコンセプトはこれまで「理想郷」と揶揄されたこともある。また、Web3が具体的にもたらす社会変化をまだ完全に把握しきれていない側面もある。しかし、2020年から始まるグローバル規模の躍進は無視できず、Web3の領域で虎視眈々とテクノロジーを実装し世界を変えようとしている大企業も存在している。本セッションではデジタル庁Web3.0チーム参事官の野崎彰氏がモデレータを務め、KDDI株式会社Web3推進部長の舘林俊平氏、日立製作所株式会社の主管研究員 高橋健太氏、博報堂キースリーCEOの重松俊範氏というWeb3業界の中核を担うメンバーと、現在の立ち位置や将来の展望などを語り合った。

※本記事は、弊社Gincoが2023年6月16日に東京八重洲ミッドタウンで開催した「Web3Future 2023」の講演内容を基に再構成したものです。

目次

1.三者それぞれのWeb3領域参入までの経緯
2.日本ではWeb3登場以前から分散型システムが根付いている
3.Web3に取り組む大企業の意識は今どこにあるか
4.Web3の概念は5、10年後どのような進化を遂げるか

1.三者それぞれのWeb3領域参入までの経緯

本セッションでモデレータを務める野崎氏は、デジタルイノベーションの支援に関する取り組みに行政の立場から長く関わり、近年ではデジタル庁におけるWeb3研究会で政府見解の整備等に取り組んできた実績を持つ。

セッションは、登壇者と大企業各社のWeb3に至る経緯についての質問からスタートした。

最初にマイクを握った舘林氏はKDDIにて2012年からコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などスタートアップ支援を通じてモバイルゲームやスポーツ・エンタメ領域の事業創出に携わってきたという。その後2015年からAR・VRの事業開発に携わりメタバースの走りとなる「バーチャル渋谷」を立ち上げ、これらオープンイノベーションに触れながら今日KDDIのWeb3事業戦略を担うに至った、とこれまでの略歴を語った。

KDDIは今年3月にメタバースとWeb3サービスのプラットフォーム「αU(アルファユー)」を展開している。また、それと連動するNFTマーケットプレイス「αU market」、そこで取引されるNFTを格納できるウォレットなどを通して、デジタルツイン(現実世界とデータを共有する双子のような空間を再現する技術)の推進を目指すという自社のWeb3ビジョンを説明した。

続いて、日立製作所の高橋氏は情報セキュリティと生体認証技術に関する研究開発一筋のキャリアを持つ人物だ。過去10年近く『パブリックバイオメトリックインフラストラクチャ(PBI)』と呼ばれる指の静脈パターンなどを元に公開鍵・秘密鍵のペアを生成し鍵管理の問題を解決する試みに取り組んでいるという。

高橋氏は自身のWeb3への興味関心について「なりすましが可能なデジタル空間でのデータ信頼性をどう保証するか、プライバシー性の高い情報をどう自己主権型で管理できるか、という課題解決に自身のこれまで培った専門性が活用可能であるかを確かめたい」と語った。

最後に、博報堂キースリーCEOを務める重松氏が自社を紹介した。近年多様化する広告製作のニーズの中にNFTやWeb3を活用する広告依頼が増えていることから、そのニーズに応えるため博報堂の一事業を独立させ立ち上げたものだという。

重松氏は広告業にこれまで長く携わり、2005年から中国にも事業展開してきた経緯を持つ。その中国でメタバース開発の先進性に驚かされ、メタバースの成立にはWeb3が重要な要素であることから現在の会社に参画した、と自身のWeb3に至る経緯を説明した。

野崎氏は、三者三様で全く異なるWeb3との接点紹介を受けて改めてWeb3という概念の大きさや広がりを認識した、と語った。

2.日本ではWeb3登場以前から分散型システムが根付いている

続いて野崎氏は、2022年にデジタル庁で立ち上がった「Web3.0研究会」で繰り広げられた議論を取り上げた。野崎氏によると、当初は「欧米諸国の先進的な取り組みに追いつけ!」という論調から始まったものの、メンバーで意見を交わすうちに日本のポテンシャルに焦点が当たっていったという。

例えば、日本ではすでにコンテンツ産業が育っており、また日本人は人と人とが自律分散的に「協創」することを得意とする国民性だ。これらの要素は非常にWeb3と相性が良いとのことだ。さらに日本では地方の過疎化や少子高齢化が進み社会課題が山積していることから、これらを解決する有効な手段としてWeb3活用の機運が高まるだろう、と野崎氏は期待する。

そして最近は日本の大企業もWeb3に参入するようになり、それらの豊富な資金力や組織力も投入され始めている。このような固有の風土を持ち好条件を揃える日本が今後Web3と融合すれば、わざわざ欧米などの先進国を後追いする必要もなく日本独自の発展を遂げられるだろう、と野崎氏は語った。

続いて、野崎氏は高橋氏に日本の大企業の立場からWeb3融合によるポテンシャルについて意見を求めた。

高橋氏は、自身の務める日立製作所が110年以上の歴史を持つ大企業でありながらも技術で社会に貢献するミッションやベンチャー精神を持ち続けていると語る。

そして日立をはじめとした大企業の技術がWeb3との高い親和性を示すエピソードとして、高橋氏自身の出身母体であるシステム開発研究所が1970年代に世界に先駆けて実装した「自律分散システム」を紹介した。

当時は産業の発展に伴い企業の持つシステムも肥大化する中で、次第にセンターサーバー1か所にシステムが集中するという構造上のリスクを課題視するようになっていたそうだ。

一方で日立は時期を同じくして研究が盛んだった「分子生命学」に注目し、そこから自律分散システム構築のヒントを得たという。分子生命学とは、人間に備わる60兆個の細胞が仮に局所的に傷ついたとしても脳からの指令を待たず自律的に補い合うことができる、そのメカニズムを解き明かす学問のことだ。

この分子生命学による研究成果から開発した自律分散システムを世界で初めて大企業に適用した事例がJR東日本の『ATS(自動列車停止装置)』だそうだ。これは駅を1つの細胞、線路を神経網と捉えることで、事故が起きても耐障害性を発揮し速やかに復旧させられるというシステムだ。これらの経緯から高橋氏はWeb3と日本の接点をこう語る。

「この自律分散型のシステムはその後他の日本の企業にも採用され、すでに日本の企業にも馴染んでいるものだ。アカデミアの世界では、それらがブロックチェーンを活用した非中央集権モデルの登場に繋がったのでは、とも言われている。このような背景から、Web3のパラダイムの中でも日本がリードできるポテンシャルがあるのではないだろうか。分散型システムを金融取引にとどまらず社会基盤へ応用することは日本の大企業ならやり遂げられる。(高橋氏)」

3.Web3に取り組む大企業の意識は今どこにあるか

続いて、野崎氏は重松氏に日本の広告代理店の立場から日本の企業が今どのような意識でWeb3を捉えているかを尋ねた。

重松氏は冒頭、Web3はいずれ誰もが使わざるを得ないものに変わるものだと語る。しかしながらWeb3の現在地を過去のインターネット普及に当てはめると、1999年のiモード登場期くらいに該当する、と多くの企業は捉えているようだ。

となると「日本でWeb2の爆発的な普及を促したLINEのようなアプリの登場まであと10年かかるのか」という温度感で現状をとらえ、Web3への参入は時期尚早と判断されがちだ。しかし重松氏に言わせると、今はWeb3の波に確実に乗るべきタイミングであり、その根拠を次のように説明した。

「ブロックチェーンは今後リアルアセット(現実の資産)と紐づくことでこれまでと様相がガラリと変わる。これまでの流行り廃りを繰り返すトークンやアプリのようなものではなくなり、ブロックチェーンの本格普及が始まる。そして、これまで日本に多く存在していた電子マネーもやがて相互運用可能となりペイメントサービスがより便利になるだろう。この前段階にある今だからこそ、参入の時期としてはまだすべての企業にチャンスがあると言えるのではないか。(重松氏)」

また重松氏は中国で2017年時点ですでに小売店でのペイメントが自動化されていた体験を語る。実際に店舗の前で自身の顔写真等の情報を登録し、その後店舗の商品を持ち出せば自動で代金が引き落とされる。このような仕組みが早々に導入されていたという。実際に購入数を誤るというエラーにも出くわしたそうだが、それでもチャレンジに満ちた中国のテクノロジー採用現場に驚かされたという。

これを受けて野崎氏も、日本の信頼を構築しながら確実に進める姿勢と中国の挑戦するカルチャー、両方のアプローチが組み合わさることでWeb3が急速に発展しサービスが国民に行き渡るようになるだろう、と付け加えた。

続いて野崎氏は舘林氏に、KDDIが大手キャリアとしてWeb3に取り組む魅力をどう捉えているかを尋ねた。

舘林氏は冒頭紹介した通りこれまで株式を通してスタートアップを支援する立場だったが、これがトークンに変わりWeb3企業への投資が実現可能になったことは大きなインパクトだったという。すでに海外で主流となるこのスキームにキャッチアップできる点がWeb3参入の1つの魅力だと語った。

続いて、舘林氏は日本で独自に広がる「推し文化」を話題にした。例えば推し活と呼ばれる地下アイドルを応援するタイプの活動は、自主的に相当な労力とコストをかけながら行われているという。これら活動のモチベーションは貢献した自己に対する満足感に支えられており、外部から評価される仕組みはほとんど無い。そこでWeb3でトークンを活用することで推し活にインセンティブをもたらすことが可能になる。またこれらトークンの活用範囲は幅広く様々なサービスの初期ユーザーを評価するためのエコシステムとして機能できるため爆発的に普及する可能性がある、と舘林氏は語った。

舘林氏は最後に、通信キャリアという自社の立場からWeb3に参入することの意義について語る。これまで通信キャリアでは、基地局情報や移動ログ、購買履歴、契約情報などのユーザーデータを把握できる立場にあった。しかし、Web3によって自己主権型IDやデータの自己管理という概念が普及するとこれまで築いてきたユーザーとの接点が次第に薄れ、業界大手というポジションが維持できなくなることへの将来的な危機感もある。だからこそウォレットなどWeb3分野に積極的に関わることでリスクヘッジしている側面があるという。

これに対し野崎氏は日本特有の推しの文化とNFT、DAOとの親和性の高さに頷き、日本だからこその巨大な経済圏が生まれる可能性を指摘した。

また、高橋氏もこの意見に賛同しつつ、さらに今後NFTが直面する課題を付け加えた。今後著作物などがNFT化され普及すれば、いずれ偽物が氾濫しこれに対処する必要があるという。すでに社団法人JCBIなどでも取り締まる取り組みが進んでいるが、このような制限ばかりのアプローチがWeb3の精神に合致しているか。この観点から次のように持論を展開した。

「偽物を抑止する対策は施しつつ、一方で本物に対してインセンティブを与え、その真正性を証明する仕組みを構築しながらその独自の価値を高めることも重要だ。ここで先ほど触れた生体情報による鍵生成技術(PBI)を活用してNFTに電子署名を付ければオリジナリティの証明が容易になる。これによってファンコミュニティも活性化しやすくなるだろう。(高橋氏)」

4.Web3の概念は5、10年後どのような進化を遂げるか

野崎氏は本セッションのまとめとして、これまで政府の報告書でも明確な定義が難しかった「Web3」という言葉の将来像はどうなっていくかを登壇者に聞いた。

重松氏は「広告 × Web3」という観点からこう語る。

「これまでの広告というのは視聴者が知る必要のない情報まで過多に目に留まってきた節がある。しかし今後Web3における広告はオンチェーンで個人の属性データが管理され、ゼロ知識証明を使って本人の提供意思が反映された広告を配信するようになる未来になりそうだ。まだこのような広告はUI(ユーザーインターフェース)を議論する段階だが、Web3で広告が以前のようなニュースとしての価値を取り戻し、“人気者” に返り咲くことを期待している。(重松氏)」

続いて、これまでオープンイノベーションを追ってきた立場である舘林氏はWeb3の定義の在り方をこう語った。

「これまでVRがオワコン、ならば次はXR、その次はメタバース、さらにはクリプト、生成AI……このように流行を追っては消えていく捉え方が広まっていた。しかしこのままでは文化が根付かない。ならばこれらテクノロジーすべてを含めて『Web3』と捉える見方も必要ではないか。1つ1つの技術を結び付けたWeb3によってまだ秘めている日本のポテンシャルが引き出されていく、その手伝いをしていきたい。(舘林氏)」

最後に、高橋氏は研究者としてWeb3への技術貢献の観点からこう語る。

「Web3とは国境、地域、年代を超え、人々の新しい活動の場を作り出すパワーがあるものだ。これをエンパワーする鍵は『インクルージョン(包括・受容)』にある。リテラシーの高い低いに関係なく参加でき、IDを持てなかった難民が体さえあればウォレットを生成できる、そのような未来を描くためにテクノロジーとしてWeb3がますます注目されていくだろう。(高橋氏)」

まとめ

今回は『大企業が考えるWeb3のポテンシャルと取り組む意識』というテーマのもとでセッションを展開した。

スタートアップ支援やサブカルチャー、KDDIという通信キャリアの将来像などWeb3の多面的な意義を伝えた舘林氏、そのWeb3によって新たに生じるリスクを技術によって解決し安全なインターネット実現を目指すと語った高橋氏、広告がWeb3によって変革する未来を見据え企業に「Web3参入は今だ」と後押しをした重松氏。

この三者三様の議論を通してWeb3の裾野の広さと日本全体がここに動き出すべき理由を再確認できたセッションとなった。

【Web3Future 2023・コンテンツ一覧】

基調講演『自民党web3PT座長・平将明氏』
パネル1『日本再興に向けた国家戦略としてのWeb3』
パネル2『Web3が生み出す新しい地方自治と社会・経済 powered by POTLUCK FES』
パネル3『トークナイゼーションがもたらす金融と生活の融合』
パネル4『ゲーム大国日本はGameFiの中心地になれるか?』
パネル5『金融事業者はWeb3の波をどう読むか』
パネル6『大企業が考えるWeb3のポテンシャルと取り組む意義』(当記事)
パネル7『Web3起業家たちの考える業界のイマとミライ』