【イベントダイジェスト】『我々はWeb3パラダイムシフトの真っ直中にいる』Web3 Future 2023 パネル⑤ - 金融事業者はWeb3の波をどう読むか
株式会社Ginco
はじめに
金融業界の有識者たちはWeb3という言葉が普及するはるか以前から、ブロックチェーン技術を金融産業の新しいインフラと考え、その活用に取り組んできた。そして今まさに、この技術が成熟し社会全体がWeb3のイノベーションに向かいつつある。証券、コモディティ、カーボンクレジットなどあらゆる資産がデジタル化され新たな変革が進む中で、金融業界にどのようなパラダイムシフトが起きようとしているのか。EYストラテジー・アンド・コンサルティングの小川 恵子氏をモデレータに、大和証券グループ本社の板屋 篤氏、SOMPO Light Vortexの上原 高志氏、三井物産・デジタルコモディティーズの辰巳 喜宣氏の4名が語り合った。
※本記事は、弊社Gincoが2023年6月16日に東京八重洲ミッドタウンで開催した「Web3Future 2023」の講演内容を基に再構成したものです。
目次
1.日本で先行するWeb3大手金融プレーヤーの今
2.金融を分散化させることで起こる構造変革
3.「デジタル×リアル」融合に向け立ちはだかる障壁
4.Web3への企業参入の意義、社会的意義とは
1.日本で先行するWeb3大手金融プレーヤーの今
分野の異なる事業者が集まったこのセッションでは、それぞれの取組みを共有する話題から議論がスタートした。
大和証券グループ本社の板屋氏は、同社の経営企画やセキュリティトークン事業のプロジェクトリーダーを務めている。
大和証券グループでは2016年という早期からブロックチェーン領域の研究をはじめ、2021年度後半に不動産セキュリティトークン第1号を発行した。板屋氏によると、この背景には優良な金融商品を個人投資家など多くのお客様に提供するという狙いがあるという。
2018年には「Fintertech」を立ち上げ、ビットコインなどの暗号資産を担保にしたローンサービスを提供するなど、次世代金融領域に進出している。
また直近では、金融機関がメタバース領域でどのような役割を果たすべきかについて、実験を行っているとのことだ。
続いて上原氏は、銀行業務の電子化に携わったことを契機にブロックチェーン等のデジタル分野を投資家として支援してきた経験を有する。その後は事業者に転じ、現在の事業「SOMPO Light Vortex」に従事する。
上原氏は2023年6月に日経新聞で取り上げられた同社のカーボンクレジットに関する取り組みについて、パブリックブロックチェーンとDAOの仕組みを活用して取り組んでいるという。これによりカーボンクレジットの流動性を創出し、カーボンクレジットデータの真正性を低コストで証明し続けられたりするメリットが生まれる。また、これまで企業にとっての参入障壁が高かった分野の敷居を下げられる期待がある、と紹介した。
最後に、これまで三井物産でマーケティングを担当してきた辰巳氏が現在携わる「三井物産デジタルコモディティーズ」について説明した。
三井物産デジタルコモディティーズでは「ジパングコイン」という金価格に連動した国内初のコモディティトークンの発行事業を展開しているという。この事業にはこれまでリスクヘッジ目的で保有する金などのコモディティを、暗号資産という新しい枠組みと形態を活用することで法人だけでなく個人に手軽に提供する狙いがあるようだ。
この事業は2017年から構想したもので、2022年に「デジタルアセットマーケッツ」の立ち上げにより実現した。今後これは三井物産が描く「リアルワールドアセット(実世界資産)のトークン化」というビジョンの一翼を担うとのことだ。
2.金融を分散化させることで起こる構造変革
モデレータの小川氏は、こうした各社の取り組みの共通項や背景文脈を深ぼるために、各自の取り組みの思惑や狙いを聞き出していく。
最初に、証券会社としてWeb3に進出することのメリットを板屋氏は以下のように語った。
「証券会社というのは直接金融とも呼ばれる通り、お金を欲しい人とお金を投資したい人をマッチングするビジネスだ。つまり、事業者側の『資金調達ニーズ』と投資家側の『資産運用ニーズ』の2つをマッチングする役割を担っている。このマッチングを行う際に、金融商品の組成コストや手続き負担といった事情から、気軽に投資可能なフォーマットに落とし込めない商品が存在していた。これらをトークン化できるようになることで、さらにきめ細かいマッチングが可能になると期待している。(板屋氏)」
板屋氏はブロックチェーン技術が従来の取引システムにかかるコストや金融商品の管理コストを抑えられることを説明し、これによって今後はこれまで機関投資家にのみ提供されていた太陽光発電や風力発電などの再生エネルギー設備を証券化した商品等も小口化してさらに多くの投資家がアクセスできるようになる、と語った。
これを受けて、保険業界で実際にカーボンクレジットをトークン化する取り組みを進める上原氏は、なぜブロックチェーン技術がコスト抑制に有効なのかを語る。
「ブロックチェーンが従来の技術と異なるのは、そこに記録されたデータを信頼できるようにした点にある。例えば、カーボンクレジットの世界では本当に炭素排出が削減されたかどうかを詐称しやすいため、そのデータの正しさを証明するために第三者機関らが多大なコストをかけて信頼性を担保している。カーボンクレジットをブロックチェーン基盤上のトークンとして扱うことでこの負担を軽減できれば、発行から流通までの一連のプロセスの信頼性を底上げできる。(上原氏)」
さらに上原氏は、ブロックチェーンにDAOの仕組みを取り入れて様々なステークホルダーによる相互監視・相互検証を取り入れることで、信頼性をより高め、透明性の高い流通・取引が行われるカーボンクレジット市場を創出できる、との考えを示した。
三井物産で商社という立場からジパングコインという現物資産を裏付けに置くトークンを発行する辰巳氏は、上原氏の言及したDAOの存在意義にからめて自社の思惑を以下のように語る。
「お二人が言及されたとおり、ブロックチェーンを用いることで信頼性を担保するために必要だった様々なコストを抑えることはできる。ただ、完全になくすことはまだ難しい。これは誰にも依拠しないシステム(トラストレス)実現の難しさにも通じるものだ。例えば、自分などは非エンジニアなのでブロックチェーンプロトコルのコードにエラーが紛れ込んでいないかを検証することは出来ない。結局なにもかも個人個人の責任で、というのは非現実的であり、どこかで責任を引き受けて対価を得るような場所が生まれるのも当然のことだ。先程のDAOの存在意義もこれに近いのだろう。他方、モノの物流や管理に強みを持つ我々商社は特に現物資産とトークンの連動に責任を持つことで、Web3の社会実装に貢献できると考えている。(辰巳氏)」
3.「デジタル×リアル」融合に向け立ちはだかる障壁
続いて小川氏はWeb3業界で進んでいるデジタルアセットを現実世界と紐づける取り組みに焦点を当てた。企業がこの分野に参入するための課題はどこにあるのか、辰巳氏が答えた。
「ジパングコインの事業化では社内説明に相当な時間とコストをかけた。先ほども触れたようにこれまで存在しなかったブロックチェーンを導入することの意義、あるいはそれを技術的な側面や法律面を含めて理解することに高いハードルを感じたからだ。今後はブロックチェーンによってデジタル化されないものは存在しない、とまで言われているためこの時流に社員全員が乗り合わせられるよう認識合わせをすることには惜しまず力を注ぐべきだと進めてきた。(辰巳氏)」
また例えばメタバース事業に参入した場合マネタイズができるかどうかについて多くの企業が不安を抱えている、と小川氏は言う。金融を仮想店舗での運営を目指した場合、本当に採算が合いビジネスとして成立するのか。これについてすでに100社が名を連ねる日本デジタル空間連盟での実験に取り組む板屋氏が説明する。
「2023年4月にメタバース上で金融商品の販売をロールプレイングしたところ2つの課題が議論された。1つ目はVRゴーグル普及について。重量の課題はすでに技術的に克服しつつあり、スマホのように1人1台所有するのは時間の問題だろう。2つ目の所有権などの法整備については、すでに多くの企業の検証内容を政府にフィードバックし密に連携している。デジタル空間ならではの付加価値創出に向けて日進月歩で課題が解消されていることを知ってもらえれば、ビジネスとして成立するかは時間の問題とも言える。(板屋氏)」
とはいえ今後メタバースなどで新しいビジネスを展開する企業としては、未曾有のリスクに気付かないまま進んでしまう懸念もあるのではないか。小川氏が企業を代弁するように上原氏に尋ねる。上原氏は保険会社としての立場からこのように見通す。
「よく語られるリスクには、アセットが法律上本当に移転されたのか、そのスマートコントラクトが正常に機能しているのか、やがてはシステムが分散化されているか、等がある。しかしこれらは先ほど辰巳氏が説明したトラストレスを追求することの困難さと同じ議論に行きつくものだ。リスクというのはこれまで幾度となく補完する技術やサービスの登場で克服されてきている。現在当たり前に使われるネットバンキングサービスも、登場当初はネットワークの接続場所を気にする人もいるほど慎重になっていた時代があった。しかしいつの間にかその懸念も払拭され社会に浸透している。金融がメタバースに向かう際の課題も同様の過程を繰り返しながら解消されていくだろう。(上原氏)」
4.Web3への企業参入の意義、社会的意義とは
ここまでブロックチェーンという新たな技術の期待と不安への対処を議論してきたが、このWeb3変革の波に企業が乗ることの意義がどこにあるのか。最後に小川氏は各社の立場からの回答を求めた。
これに対して辰巳氏は「暗号資産を中心に若い世代が金融に参入しやすくなっていることがWeb3がもたらした意義の1つだ。ビットコインなどを触ると次第に『為替』に注目するようになり、年齢を問わず金融リテラシーが向上する。このことにもWeb3の素晴らしさを感じている。我々が金融事業に参画することでその一役を担うことができるのはとても意義深いことだ。」と語った。
板屋氏は視聴者に「ガートナーのハイプ曲線」を提示しながらこう語った。「1996年のインターネット登場以来ネットユーザーが1億人に達するまでに約9年かかった。その後 iPhone ユーザーは6年で1億人。Facebook は4年6か月。LINE は1年7か月……トレンド周期は次第に短くなりつつあることから、Web3の新しい商品・サービスも急速に普及する可能性がある。今Web3に取り組む大きな理由は、得られるリターンを目指しつつ取り残されて機会損失するリスクを回避できることにもあるだろう。」
上原氏はカーボンニュートラルに取り組む意義から触れる。
「今後はカーボンクレジットに取り組んでいるか否かが企業信用の格付けや資金調達に伴うコストにも大きく影響を与えるだろう。しかも、供給不足で需要増大が見込まれるため短期的に見ても企業には好機を作る可能性が高い。そしてやがて地球規模の環境保全に寄与し災害を抑えられるようになるとなれば、我々保険会社としても社会全体としてもこれに勝る意義はない。(上原氏)」
続けて上原氏は、Web3によってもたらされる最大の変化は『価値の移転』であり、その理由をこのように語った。
「今回の議論でたびたび登場した『分散化』という言葉は『誰でもできることはコンピュータに』という意味ではない。『誰でもできるけれど人間が信用できないからコンピュータに(分散させて確実に行わせる)』という世界観を表す言葉だ。だからこそ人間の役割は今後は『価値の移転』を繰り広げてさらに新しい価値を創造することに焦点化されていくだろう。(上原氏)」
そして、現在ブロックチェーン技術を様々な技術と組み合わせて価値移転のアプリケーションが開発されているが、上原氏はその最たる成功事例として「ビットコイン」を取り上げた。今後はこのようにパーツとパーツを組み合わせることでビットコインに次ぐ、あるいはそれを超えるプロダクトを開発できるチャンスは誰にでもあると語った。Web3はグローバルにチャレンジできる魅力的な空間であり、今我々がちょうどその時代が転換期に差し掛かっていることを伝え今回のセッションは締め括られた。
まとめ
今回は『金融事業者はWeb3の波をどう読むか』というテーマのもとでセッションを展開した。
裏付けが確かなアセットをトークン化し幅広い層の資産多様化ニーズに応えるべく分散化を模索すると言った辰巳氏、証券トークンと暗号資産の新たな可能性を模索し機能を拡張させようと挑戦する板屋氏、国内で検証可能なカーボンクレジットを流通可能な確かなアセットクラスにするべく取り組んでいる上原氏。
すでにWeb3による大きな価値変革の最中に我々がいることを実感できた議論となった。
【Web3Future 2023・コンテンツ一覧】
基調講演『自民党web3PT座長・平将明氏』
パネル1『日本再興に向けた国家戦略としてのWeb3』
パネル2『Web3が生み出す新しい地方自治と社会・経済 powered by POTLUCK FES』
パネル3『トークナイゼーションがもたらす金融と生活の融合』
パネル4『ゲーム大国日本はGameFiの中心地になれるか?』
パネル5『金融事業者はWeb3の波をどう読むか』(当記事)
パネル6『大企業が考えるWeb3のポテンシャルと取り組む意義』
パネル7『Web3起業家たちの考える業界のイマとミライ』